フォレスト・ミッションBLOG

林業の産業としての自立、そして林業に従事する人たちが誇りを持てるように、私たちは、自らが信じる、森林・林業のあるべき姿を、林業関係者の皆様と一緒に創造していきます。

未分類

「なごり雪」となるのか

投稿日:

 春分の日が過ぎたというのに、蓼科ではまだ雪が降っている。これを「名残の雪」というのか、しかし、今年は3月に入ってからの降雪が多く、例年とは違う様相を呈している。なごり雪といえば、伊勢正三が作詞作曲した「なごり雪」という名曲がある。この曲は、かぐや姫のサードアルバムである「三階建ての詩」(1974年リリース)に収録されているもので、その後、イルカが1975年にシングルで歌って大ヒットした。伊勢正三のオリジナルでイルカが歌った曲としては、「あの頃の僕は」(1974年…デビュー曲)、雨の物語(1977年)、海岸通(1979年)があるが、個人的には、「あの頃の僕は」が気に入っている。

なごり雪となるか、今朝の自宅前の雪景(2024年3月23日撮影)

 「あの頃の僕は若すぎて きみの気まぐれを許せなかった」というフレーズで始まる曲で、若い男女の「宿命的な別れ」を切々とした言葉で表現している。伊勢正三がこの曲を創ったのが1973年として、彼が21歳か22歳の時だから、こんな詩を書くことができるというのは、まさに才能としかいいようがない。なごり雪も同時期の曲であり、これも、男女の別れをテーマにしたもので、「今春がきてきみは綺麗になった」というフレーズは、別れる相手に対する最大の餞であり、また、さよならに換わる言葉だといえる。

 「あの頃の僕は」や「なごり雪」そして、伊勢正三の永遠の名曲である「22歳の別れ」などが、世に出た頃、私は和歌山県の片田舎で高校時代を過ごしていた。同級生に恋をして失恋し、ラジオなどで別れの曲を聴いて、その傷を癒していた。失恋の傷みを別れの曲で癒すというのは、逆説的ではあるが、当時の若者としては定番行動だった。とことん落ち込んで、悲しみが底までいったら、その後は立ち直っていくという考え方だったと思う。

 あれから50年の歳月が流れ、私は66歳に、イルカは73歳、伊勢正三は72歳になった。彼らは、いまだ現役のシンガーとして活躍している。50年以上、一つのことを続けるというのは、素晴らしいとしかいいようがない。私も、ギターの弾き語りを中学1年の春から54年間続けているが、これは趣味の範囲であり、これを職業として続けるのは並大抵のことではない。まして、正やん(伊勢正三の愛称)のように、名曲と呼ばれるものをいくつもこの世に残したアーティストは、偉大としかいいようがない。

 

-未分類

関連記事

安倍元首相暗殺 文春砲第四弾

 新潟からの出張の帰り、駅の売店で「週刊文春」3月9日号を購入した。今週号の特集第四弾は、「安倍元首相暗殺5つの核心」である。問題提起しているのは、安倍派の高鳥修一衆議院議員、元警視総監の池田克彦氏、 …

蓼科での「哲学の道」に寄せて

 京都での学生時代、3回生から2年間に亘り、銀閣寺から南禅寺に向かう「哲学の道」沿いにあった「若王子(にゃくおおじ)」という喫茶店で、ウエイターのアルバイトをした。その店は、「燃えよ剣」の土方歳三役で …

小さな記事の大きな価値

 信濃毎日新聞の昨年12月17日付け朝刊に、「財産区有林 未来につなぐ」という4段抜きの記事が掲載された。記事の中には、いろいろなトピックスが盛り込まれているが、見出し的には「茅野の財産区 チェンソー …

渾身の助言を遂行するという使命感を持って

 このところ、林業事業体の経営診断が続き、そのためのヒアリングや現地視察、各種分析・報告書作成・報告会等に費やす時間が多くなっている。今から16年前、私は経営コンサルタント(中小企業診断士)として、初 …

人材育成に終わりはない

 今年度下期の案件においては、人材育成にかかるものが多くなっている。林業事業体の経営者や役員、経営管理者、中間管理職、一般職員、森林施業プランナー、現場技能者等々、国や都道府県・関係団体等が主催する事 …