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伝説の作家、原寮氏の逝去…それで、思い出したこと

投稿日:2023年8月8日 更新日:

原寮氏の最新刊 「それまでの明日」
(2018年3月)早川書房刊

 ハードボイルド作家として、人気のあった、原寮氏が、今年5月に亡くなった。享年76歳だった。直木賞作家だが、寡作(長編小説は6作品のみ)で知られ、写真の「それまでの明日」は、14年ぶりの作品で、彼の最後の小説となった。レイモンド・チャンドラーに心酔し、ジャズ・ピアニストから作家に転身した人物で、1946年生まれだから、私よりも11歳年長である。先週、東京に出張した際、ふと入った書店で、「ミステリーマガジン」という雑誌に、「追悼・原寮」と銘打った特集が掲載されているのを見つけて、この雑誌を購入、宿泊先のホテルで読んだ。

 原氏の小説は、映像でいえばモノクロームが似合う、乾いた感じがいい。沢崎という探偵が主人公だが、何となく、自分の中でその人物像を描いてしまい、それが独り歩きしながら、物語と一緒に活劇するのだ。原氏の著作は、全て揃えているので、この夏中に、仕事の合間や寝る前の時間に、もう一度、じっくりと読み返してみたいと思っている。

 原氏の訃報に接して、ふと思い出したことがある。今から、53年前、中学1年の時のことだ。同じクラスにいた尾崎君と、私は互いに推理小説が好きという共通項で親しくなった。本を買うようなお金はなかったので、中学校の図書室や町の図書館や公民館に行き、コナン・ドイルやモーリス・ル・ブラン、アガサ・クリスティ、エラリー・クイーンなどの推理小説を借りては読み、彼と、感想を述べ合う時間がとても楽しかった。当時、二人で、「那智中学校・推理小説研究会」なるものを結成して、剣道部のクラブ活動が終わってから、公園のベンチに座って、夢中で話し込んだものだ。

 尾崎君は、下の名前を忘れてしまったのだが、スポーツができて、かつ勉強のできる文武両道の秀才で、シャーロック・ホームズなどの探偵が、事件を解決していくプロセスを構造化し、持論を加えながら、私に謎解きを解説してくれた。その尾崎君が、突然、私の家に来て、「お父さんの仕事で、東海村に行くことになりました。坪野君とは、一緒に、推理小説を語り合って、いい思い出になりました。ありがとう」と言って、彼は、翌日、茨城県の中学校に転校してしまった。時間にして5分くらいの別離のシーンとなったのだ。

 東海村ということで、彼の父は原子力関係の仕事をしていたのだと、あとからわかった。その後、彼はどういう人生を歩んだのか。新しい住所を聞く間もなく、彼は私の家を辞去してしまったので、そのことを後から後悔した。あんなに優秀だった人なので、きちんとしたキャリアを積んで、社会的にも意義のある職業に就いたのだろうと思う。

 そんなことを、原寮氏の逝去に際して思い出した。原氏が、レイモンド・チャンドラーに心酔したように、私もコナン・ドイルが活写したシャーロック・ホームズやモーリス・ル・ブランが描いたアルセーヌ・ルパンに憧れた。そして、尾崎君と、その思いを共有し、公園やお好み焼き店で語り合った時間…。彼も、私のことを覚えてくれているだろうか。もしも、彼と再会できたら、中学生の時のように、いろいろと語り合ってみたい気がする。話題は何でもいい。原寮氏の「それからの昨日」(「それからの明日」の続編として想定されたタイトル)ではないが、あれから、お互いが生きてきた50年余りの人生を、バーボンでも飲みながら、話して聴いて、そんな時間がもしも実現したら、それは、この上なく素晴らしい再会になるのではないかと思っている。 

 

 

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