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風邪の安静時は読書に限る

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 今週は、風邪の症状が顕在化したので、最低限の内部会議をしながら、出来るだけ、安静にしている時間が多かった。風邪といっても、熱が出るわけではなく、咳き込むことが多いのと全身が怠いというだけの症状で、栄養のあるものを摂ってあとは休養するというのが対策としてはベストである。いきおい、自室のベッドやソファで横になることが多くなるのだが、そういう時は、専ら、読書をすることが多くなる。今回、集中的に読んだのが、「幻の女」( 香納諒一  著 角川文庫 2003年刊)である。720ページもある分厚い本で、こういうふうに「読書向きの時間がある」ときに読んでおきたいと以前から思っていた。

 この物語は、弁護士の男が主人公で、昔、別れた女と偶然、再会したことから、事件と主人公の行動が始まる。とにかく、長い物語なので、読み進めていくにはかなりの根気が必要になる。登場人物は、弁護士の訳あり主人公の他、謎の女、ホステス、暴力団、探偵などなどであるが、全体のトーンとしては、重苦しく、陰鬱な空気の中で、事件が動いていく。1990年代後半の東京が物語の主な舞台ということもあり、文中に出てくる有楽町や銀座コリドー街、晴海通りといった地名は、同じ頃に、東京でサラリーマンや独立自営業者として活動していた私にとっては、その風景が再現されるくだりが多く、そのたびに、当時のことを思い出すという副次的なものをもたらしてもくれた。

 結果的に、この720ページという「大作」を3日間で読み終えたのだが、感動とかまして感涙とか、そういうものはなく、ただ、ハードボイルドの世界にありがちな「一貫して渇いたトーン」というものが、いい味を出していたという印象だった。著者の考え方もそうなのだろう。「常に世の中を冷めた眼でみている」という印象を受ける。文中に、こんな記述がある。「新幹線は、確実に、東京の影を様々な地方都市へと出前している。数限りない小型の模倣をつくりあげ、土建屋と地方出身の政治家とを喜ばせて、実際にそこに暮らす人々には表面的便利さを見せつけながら元の景色を奪い去っていった。・・・」この著者の本音の部分が垣間見える一文だと思った。

 そういう著者の思想というか、思考回路に一部共感しつつ、この分厚い本を読み終えた頃、風邪の症状はかなり良くなった。この著者も私も、昭和三十年代に生まれ、高度成長期とバブル経済期を経て、働き盛りの30歳代、ある意味、陰鬱な1990年代を過ごした。そして、それから、私たちは、巷間喧伝される「失われた30年」をそれぞれの人生として生き、気がつけば60歳代後半を迎えている。この小説の主人公は、その後、ずっと東京で弁護士を続けたのだろうか。そして、プライベートではどんな人生を送ったのだろうかなどと、余計なことを考えたりする。それもまた、同時代を生きた「同志」を想うということで、こういった小説を読む愉しみの一つなのかもしれないと思ったりしている。

 

 

 

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