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バブル期は遥か昔の幻想か

投稿日:2023年2月25日 更新日:

 新幹線や飛行機での移動中に読もうと思い、先日、桐野夏生著の「真珠とダイヤモンド」(毎日新聞出版刊)という上下本を購入した。バブル期の証券会社を舞台に、バブル経済に狂奔した時代とそれに翻弄された若者の興亡を描いた力作である。主人公の年齢は私よりも10歳ほど年下になるが、 3日ほどで一気に読み、 この小説の中でスケッチされている、当時の光景を脳裏で再現しつつ、あの頃の日々を思い起こす時間となって、何とも言い難い気持ちになった。

桐野夏生著「真珠とダイヤモンド」上下巻

 いわゆるバブル経済期は、通常、1986年から1991年の5年間ぐらいと云われている。私はその期間、近畿放送の東京支社に勤務して、バブル期の景色を東京で少しだけ見聞した。東京支社では営業職だったので、売上が上がれば経費もそこそこ使え、自腹では行けないような店にも社用で通うことができ、そういう意味では、バブルの恩恵を少しは享受したといえるが、この小説の主人公のような、豪奢な生活を送ったわけでもない。

 あの頃のことで、特筆すべきことがあるとしたら、私自身、バブル期の5年間、29歳から34歳までを東京で過ごし、とにかく、若かったこともあって東京での仕事や生活が楽しくて仕方がなかったということだ。毎日、会社に行って仕事をするのが楽しかったし、平日の5日間などあっという間に過ぎて行った。また、休日は、世田谷区の住宅街に住んで、自宅で本を読んだり、新宿や銀座などに買い物や食事に行ったりするのがとても楽しかった。ゴルフを覚えたのもこの頃のことだ。

 給料やボーナスが極大化し、また、経費が使えるということで、最も恩恵を受けたのは、私よりも10歳ほど年長の団塊の世代とそれ以上の年代の人達であろう。サラリーマンでも営業系の人間は、毎晩、取引先と会食し、高級クラブなどに二次会・三次会と繰り出し、深夜にタクシーで帰宅するという日々、土日はゴルフというような「スーパーサラリーマン」が多かった。そして、そんな日常が当たり前で、その先もそういう日常が続くと誰もが思っていた。

 あれから30年余りの時が経過した。あの頃、バブル経済の少しばかりの恩恵を共にした人たちは、私の周りには誰もいなくなった。つまり、昔話にしろ、あの頃のことを語り合う人がもういないのだ。東京のビジネス街や繁華街の風景も変わってしまい、バブル期の記憶は、ただ、自分の中にかすかに残存しているという感じである。そして、それさえも、すでにモノクロームの世界でしかなく、全ては幻想だったのだとすら思ってしまうくらいだ。

 私が勤めていた近畿放送という、京都の名門放送局は、バブル経済崩壊後に経営破綻して事実上の倒産となり、その直前に退職した私は、以後、30年間、独立自営業者として徒手空拳ながら何とか生きてきた。冒頭に紹介した、「真珠とダイヤモンド」を読むにつけ、バブル期というものが、その時代を生きた人間にとって良かったのか、そうでないのか、つらつら考える機会になった。そして、自分なりに出した結論は、「今の時代との比較ができて、またその乖離を実感できるだけでも有益だった」というものだった。

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