フォレスト・ミッションBLOG

林業の産業としての自立、そして林業に従事する人たちが誇りを持てるように、私たちは、自らが信じる、森林・林業のあるべき姿を、林業関係者の皆様と一緒に創造していきます。

未分類

A猪木への限りなき憧憬

投稿日:2022年10月4日 更新日:

 プロレス界のスーパースター、アントニオ猪木さんが逝去した。79歳、我々の世代のヒーローであり、その信条である「燃える闘魂」は、若き日の私自身の座右の銘だった。「猪木さんのような生き方をしたい。ずっと闘う姿勢を忘れない」という行動規範は、今でも心の中に刻み込まれている。中学・高校という、もっとも純粋で多感な時期に、アントニオ猪木の試合をテレビで観戦し、その虜になった同世代の人間は限りなく多い。

 私自身は、同志社大学に進学して、当初、野球とか剣道とか、それまでかじっていたスポーツをやろうとしたのだが、2回生の時、思い切って学生プロレスのクラブを創設した。猪木さんは、その当時(1978年頃)、全盛期であり、異種格闘技戦にも進出し、「いつ、どこで、誰とでも闘う」と公言し、そういった「格好良さ」に背中を押されて、学生プロレスのクラブを創設したといっても過言ではない。実際、自分自身も、もっと身長があれば、プロレスラーになりたかったのだ。

 プロレスを真剣勝負ではなく、筋書のあるショーだといって批判する向きがある。事実関係でいえば、その通りだろう。しかしながら、真のプロレスファンの視点は、そんなことではなく、そのプロレスラーが醸し出す「凄み」とか内面に秘める「本気度」とか、プロとしての「プライド」などを、彼らが試合の中で繰り出す技の応酬に見出して、それに魅せられるのだ。プロレスラーが試合の最初に組み合う「ロックアップ」というものがあるが、その際に、相手の力量や強さを測るのだという。大技よりも小技、基本技にこそ、プロレスの本質があるということで、私などは、いまだにロックアップからの応酬に見入ってしまうのだ。

 さて、猪木さんの話に戻る。猪木さんは、24年前、55歳で現役を引退したのだが、その時、私の猪木さんへの憧憬も同時に消えたといって過言ではない。その後、国会議員になったり、新しいプロレス団体を創設したりしたが、私にはそんなことはもうどうでもよかった。猪木さんは、リング上でこそ輝く存在だったのだ。但し、全盛期の猪木さんの雄姿は、自分の心の中にしっかりと残っているし、「燃える闘魂」という金言は、いまでも自分の心の支えになっていることは間違いのないことだ。

 この20年間、ずっと身近な存在だと思っていた安倍晋三氏が暗殺され、この世にいなくなってしまったことは痛恨の極みだった。それとは次元が違うが、アントニオ猪木さんがこの世を去ったということは、自分たちが生きてきた時代の、大きな節目を示すものだった。寄る辺を失ったといえばいいのか、心の支えのようなものが相次いで消えていく中で、残された我々は、自分がこれまで生きてきた中で培ってきた「自分自身の資源」でもって、これからの時代をしたたかに生きていくしかないと思っている。

-未分類

関連記事

響き合える友人との邂逅

 期末の仕事も、先日、実施した大分での支援案件の報告書作成を残すのみとなった。その構想を頭の中で整理しつつ、昨日、車で蓼科から三重県の津まで4時間かかって移動した。今日から、10年来のゴルフ仲間である …

今期案件も峠を越える

 日曜日から東京に滞在している。昨日・今日と、「新たな林業経営モデル実証事業」の成果報告会と委員会で、飯田橋での会議に臨んでいる。先日の「森ハブ」イベントといい、林業の未来の姿を展望する事業であり、労 …

出張明けの休日を蓼科で過ごす

 先週は、飛び石の4連休があり、その後、水曜日から2泊3日での出張だった。金曜日の夜に帰宅し、昨日は終日休養に充てた。ここ蓼科は、もうすっかり秋の風情が漂っている。今朝の外気温は14度で日中は22度だ …

森林と共に過ごす時間が大事

 ここ蓼科は、朝晩の気温が下がり、未明には氷点下になって、いよいよ本格的な冬に向かって季節が進んでいる。和歌山県生まれの私は、正直なところ寒い冬は苦手で、この季節はできれば温暖なところで過ごしたいと思 …

森林・林業からみた太陽光発電

 ここのところ、中国企業のロゴ問題で、再生可能エネルギー、とりわけ、太陽光発電についての議論が「軋み」を伴いつつ、展開されている。再生可能エネルギーについては、森林・林業側からは、バイオマス発電が最も …