
(2018年3月)早川書房刊
ハードボイルド作家として、人気のあった、原寮氏が、今年5月に亡くなった。享年76歳だった。直木賞作家だが、寡作(長編小説は6作品のみ)で知られ、写真の「それまでの明日」は、14年ぶりの作品で、彼の最後の小説となった。レイモンド・チャンドラーに心酔し、ジャズ・ピアニストから作家に転身した人物で、1946年生まれだから、私よりも11歳年長である。先週、東京に出張した際、ふと入った書店で、「ミステリーマガジン」という雑誌に、「追悼・原寮」と銘打った特集が掲載されているのを見つけて、この雑誌を購入、宿泊先のホテルで読んだ。
原氏の小説は、映像でいえばモノクロームが似合う、乾いた感じがいい。沢崎という探偵が主人公だが、何となく、自分の中でその人物像を描いてしまい、それが独り歩きしながら、物語と一緒に活劇するのだ。原氏の著作は、全て揃えているので、この夏中に、仕事の合間や寝る前の時間に、もう一度、じっくりと読み返してみたいと思っている。
原氏の訃報に接して、ふと思い出したことがある。今から、53年前、中学1年の時のことだ。同じクラスにいた尾崎君と、私は互いに推理小説が好きという共通項で親しくなった。本を買うようなお金はなかったので、中学校の図書室や町の図書館や公民館に行き、コナン・ドイルやモーリス・ル・ブラン、アガサ・クリスティ、エラリー・クイーンなどの推理小説を借りては読み、彼と、感想を述べ合う時間がとても楽しかった。当時、二人で、「那智中学校・推理小説研究会」なるものを結成して、剣道部のクラブ活動が終わってから、公園のベンチに座って、夢中で話し込んだものだ。
尾崎君は、下の名前を忘れてしまったのだが、スポーツができて、かつ勉強のできる文武両道の秀才で、シャーロック・ホームズなどの探偵が、事件を解決していくプロセスを構造化し、持論を加えながら、私に謎解きを解説してくれた。その尾崎君が、突然、私の家に来て、「お父さんの仕事で、東海村に行くことになりました。坪野君とは、一緒に、推理小説を語り合って、いい思い出になりました。ありがとう」と言って、彼は、翌日、茨城県の中学校に転校してしまった。時間にして5分くらいの別離のシーンとなったのだ。
東海村ということで、彼の父は原子力関係の仕事をしていたのだと、あとからわかった。その後、彼はどういう人生を歩んだのか。新しい住所を聞く間もなく、彼は私の家を辞去してしまったので、そのことを後から後悔した。あんなに優秀だった人なので、きちんとしたキャリアを積んで、社会的にも意義のある職業に就いたのだろうと思う。
そんなことを、原寮氏の逝去に際して思い出した。原氏が、レイモンド・チャンドラーに心酔したように、私もコナン・ドイルが活写したシャーロック・ホームズやモーリス・ル・ブランが描いたアルセーヌ・ルパンに憧れた。そして、尾崎君と、その思いを共有し、公園やお好み焼き店で語り合った時間…。彼も、私のことを覚えてくれているだろうか。もしも、彼と再会できたら、中学生の時のように、いろいろと語り合ってみたい気がする。話題は何でもいい。原寮氏の「それからの昨日」(「それからの明日」の続編として想定されたタイトル)ではないが、あれから、お互いが生きてきた50年余りの人生を、バーボンでも飲みながら、話して聴いて、そんな時間がもしも実現したら、それは、この上なく素晴らしい再会になるのではないかと思っている。

株式会社フォレスト・ミッション 代表取締役、林業経営コンサルタント、経済産業大臣登録・中小企業診断士
我が国における林業経営コンサルティングを構築した第一人者であり、これまで460超の林業事業体の経営コンサルティングに携わる。2015年から、活動拠点を東京から信州・蓼科に移して活動中。